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化粧品会社ってなんできれいなの?

池坊での4年間が過ぎた後、私は中学から家庭教師について勉強していた自分の語学力を試したいと思って、カリフォルニア大学ヘイヮード校に、英語の勉強をするために留学しました。「カリフォルニアの青空」は気持ちがよくて素晴らしかった― 私はすっかり気に入つてしまい、4?5年はここに住もうと考え、TOEFLを受けて正規留学しようとしましたが、親に怒られて残念ながら半年で帰国。しかし、ここで英語の勉強をしたことは、のちに米国で最先端の脱毛技術や美顔を学ぼうとした時に役に立ちました。また米国にはスーツを素敵に着こなしている男性が多く、帰国した時に日本のビジネスマンが貧相に見えて、「もっと日本の男性を格好良くしたい」と思ったことを覚えています。この思いは後に「ダンディハウス」のオープンに繋がっていきます。79年に帰国し、親からは田舎に帰るように言われましたが、まだ結婚をしたくありませんでした。自立して仕事をしたくて、「いや、まだ帰らない。私は仕事をする」と強く決意をし、宣言しましたoところが、帰国したのが十月で、その時期に就職するにはどうしたらいいのか全く分かりません。仕事の当てがあつた訳でもありません。そのような時に、知り合いから「化粧品会社があるから、そこの化粧品でも売ったらどう?」と声を掛けてもらいました。

 

 

何もすることがなかつたので、すぐに「やらせて頂きます」とその化粧品を売ることに決めました。その化粧品会社は特殊な美顔法を持っており、美容師を相手に講習会を開き、技術を教えながら化粧品を売っていました。その化粧品会社は、化粧品も3種類だけ。関西には支社がなかつたので、「じやあ、あなたに代理店みたいなことをやらせてあげるから」と言われ、「はい」と返事をしたら、それから1週間もしないうちに、マンシヨンに箱詰めの化粧品が山積みになって届き、びつくりしました。「送られてきたからには、もう仕方がない」。そこから仕事がスタートしました。とにかく化粧品を売らなくてはならないのですが、どう売ればいいのか分かりません。いつも行く喫茶店で常連客の人達に話してみると、「うちのおばさんを紹介するよ」「勤め先の社長の奥さんを紹介してあげる」と言ってくれて、1個ずつ売れていきました。商売などしたこともない田舎の母もずいぶんたくさん知り合いに売ってくれました。その時に、化粧品の売り上げを書いた母の小さな手帳は、私の宝物になっています。